社会福祉法人における利益相反取引(3)~間接取引・役員賠償責任保険(D&O保険)の保険料負担と利益相反取引規制~

 利益相反取引として法の規制対象となる社会福祉法人の取引のうち、社会福祉法人が理事の債務を保証することその他理事以外の者との間において社会福祉法人と当該理事との利益が相反する取引をしようとする場合が、いわゆる間接取引にあたります。
 
 社会福祉法人と第三者間の取引であって、外形的・客観的に社会福祉法人が不利益を被り、理事が利益を得る取引が規制の対象となります。
 具体的には、以下のような取引が規制の対象となります。
・法人が理事の債務を保証する場合
・法人が理事の債務を引き受ける場合
・理事の債務について法人が担保を提供する場合
 そして、これらの行為が理事個人のためではなくとも、当該理事が代表者を務める他の法人の債務を社会福祉法人が保証する場合等も規制の対象になると解されています。

 役員賠償責任保険(D&O保険)の保険料負担と利益相反取引規制について
今回の社会福祉法改正によって、理事等は、以下のような責任を負うことになりました。
 まず、法人に対する損害賠償責任として、理事、監事、会計監査人、評議員は、その任務を怠ったときは、社会福祉法人に対して、任務懈怠によって生じた損害を賠償する責任を負うこととされました(改正法第45条の20第1項)。
 また、第三者に対する損害賠償責任として、理事、監事、会計監査人、評議員がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うこととされました(改正法第45条の21第1項)。
 
 このことに対応して、株式会社と同様に、社会福祉法人向けの役員賠償責任保険(D&O保険)が売り出されています。社会福祉法人向けの役員賠償責任保険(D&O保険)は、被保険者である理事、監事や評議員がその地位に基づいて行った業務によって損害賠償請求を受け、法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して保険金を支払うことなどを内容としており、既に保険契約をしている社会福祉法人もあると思います。

 このような役員賠償責任保険(D&O保険)において、理事を被保険者とする損害保険契約については,法人の債務負担行為または法人の出捐を伴う取引によって理事に直接的に利益が生ずるものであるとして利益相反取引の間接取引規制の対象となるのかということが問題となります。
 
 この問題については、結論から言いますと、現時点では、明確な回答が出ていないものの、理事会の承認を得ておくべきであろうということです。会社法に関連してですが、以下のような議論がなされているところです。なお、社外取締役の問題は制度上、会社法に特有のものと考えざるを得ないと思います。

 2年ほど前のものになりますが、経済産業省「コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会」報告書(平成27年7月24日(金)公表)の「法的論点に関する解釈指針(別紙3)」では、以下のような議論がなされています。
・会社が会社役員賠償責任保険(D&O 保険)の保険料を負担することについて
 実務上、D&O保険の保険料のうち、株主代表訴訟担保特約(代表訴訟に敗訴した場合における損害賠償金と争訟費用を担保する特約)部分の保険料は、会社が負担してよいかにつき解釈上の争いがあったため、実務上安全策をとり、役員個人が経済的に負担している。
 しかし、これからの考え方としては、会社が保険料を負担することにより、役員が会社に対して損害賠償責任を負うことによる①会社の損害が回復される損害填補機能と、②違法行為が抑止される違法抑止機能が害されないことが重要であるとした上で、①損害填補機能の観点からは、D&O 保険により会社の損害が回復されるから会社が保険料を負担して保険に加入することは何ら妨げられるものではなく、②違法抑止機能の観点からも、我が国の標準的な D&O 保険は、犯罪行為や法令違反を認識しながら行った行為等の悪質な行為は免責としており、カバーしているのは職務執行から生じる不可避的な生じるリスクであるから、不適切なインセンティブが設定されることはなく問題はないので、会社が保険料を負担してよいとしています。
・会社が保険料を負担する場合に必要となる手続
 手続の一例として以下の手続を示しています。
(1)利益相反の観点からの取締役会の承認が必要となる
(2)D&O 保険はインセンティブとしての機能(職務執行から得られる利益とそれから生じ得るリスクが一体として、将来の会社の利益を生み出す職務執行のインセンティブとして機能すること)を有することや、決定手続における利益相反(会社からの財産の支出により役員が利益を得る関係にあること)も踏まえて、以下のいずれかの方法により、社外取締役がインセンティブ付け(指名や報酬の決定を通じた業務執行の適切な評価と評価等を通じた将来志向のインセンティブ付け)による監督や利益相反の監督を行い、会社の意思決定の適法性や合理性を確保する。
・ 社外取締役が過半数の構成員である任意の委員会の同意を得ること
・ 社外取締役全員の同意を得ること

 つい最近のものとしては、法務省の法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会第3回会議(平成29年6月21日開催、議題「企業統治等に関する規律の見直しに関する論点の検討について」)の部会資料4「役員に適切なインセンティブを付与するための規律の整備に関する論点の検討」で、以下のような議論がなされています。
・利益相反取引に該当する否かについて
 取締役又は執行役を被保険者とする損害保険契約については、会社の債務負担行為又は会社の出捐を伴う取引によって取締役に直接的に利益が生ずるものであるとして会社法第356条第1項第3号の利益相反取引(間接取引)に該当するという見解があり、この見解に従えば、役員等賠償責任保険契約のうち取締役又は執行役を被保険者とするもの及び取締役又は執行役が受けた損害を会社が補償することによって生ずることのある損害を塡補するものの締結も間接取引に該当することとなると思われるという見解を紹介する一方で、役員等賠償責任保険契約の締結により取締役又は執行役が受ける便益は職務執行のための費用の支給であるとし、間接取引には該当しないという見解もあり得るとしており、両論あり得ることを指摘しています。
・会社がとるべき手続について
 間接取引に該当することとなれば、①取締役会設置会社においては取締役会の承認及び当該取引後の重要な事実の報告、取締役会設置会社以外の株式会社においては株主総会の承認が必要となり(会社法第356条第1項,第365条,第419条第2項)、②当該取引によって株式会社に損害が生じた場合における当該取引に関わる取締役又は執行役の任務懈怠が推定されることとなる(会社法第423条第3項)としています。
 もっとも、立法論としては、役員等賠償責任保険契約の内容の決定を取締役会(取締役会設置会社)または株主総会(取締役会設置会社以外の株式会社)の決議事項とし、役員等賠償責任保険に関する事項を事業報告の内容に含めるものとすれば、役員等賠償責任保険契約のうち、取締役又は執行役を被保険者とするもの及び取締役又は執行役が受けた損害を会社が補償することによって生ずることのある損害を塡補するものの締結は間接取引に該当することを前提としとしつつも、当該保険契約については利益相反取引規制を適用しないものとすることが考えられるとしています。

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