相続人の中に認知症の人、行方不明者がいて遺産分割ができないとき

 Aが死亡して、相続が開始しました。
 図のように、Aの相続人は、Aの妻であるBと、AとBの子であるC、D、Eであるとします。遺言書はないとします。

 この場合、相続人であるB、C、D、Eで遺産分割をすることになりますが、Bは認知症で判断能力はなく、Cは行方不明だとすると、そのままでは遺産分割ができません。しかし、このような場合でも、B、Cが相続人であることには変わりがありません。
 遺産分割を進めるためには、どうしたらよいのでしょうか。

 B、Cと順番に検討していきます。

1 認知症で判断能力がない場合について(Bについて)
 Bが認知症で判断能力がない場合は、有効な遺産分割ができません。

 Bに成年後見人をつける必要があります。
 だまっていても自動的に成年後見人が選任されるわけではありませんから、誰かが家庭裁判所に申立をすることになります。
 遺産分割を行うために申立をするわけですから、通常は、遺産分割を進めようとする他の相続人が申立をすることになるでしょう。
 上の図では、DがBの成年後見人に選任されている場合を書きましたが、そうでない場合は、DかEが成年後見人の選任を家庭裁判所に申し立てることになるでしょう。

 相続人であるDやE以外の人、例えば、YがBの成年後見人に選任された場合は、YがBの法定代理人として遺産分割を行うことになります。

 しかし、上の図のように、既にDがBの成年後見人に選任されていた場合など、DがBの成年後見人になった場合は、DがBの成年後見人(法定代理人)として遺産分割を行うことは、一方で、Dは自ら相続人として遺産分割を行う立場にあることから、利益相反の問題を生じます。
 したがって、このような場合は、以下のようになります。
(1)後見監督人が選任されている場合
 後見監督人が遺産分割を行います。
(2)後見監督人が選任されていない場合
 成年後見人であるDは、家庭裁判所に遺産分割のための特別代理人の選任の申立てを行い、選任された特別代理人が遺産分割を行うことになります。
(民法第860条ただし書き、第826条第1項、第851条第四号)

 成年後見人や特別代理人の選任の申立手続については、遺産分割について委任している弁護士がいる場合には、その弁護士に遺産分割にかかわる事務処理の一つとして委任することができます。
  
 同じような利益相反の状況は、相続人の中に未成年者の子とその親権者である親がいる場合にも生じます。この場合も、親権者である親は、未成年者である子のために、家庭裁判所に遺産分割のための特別代理人の選任の申立てを行い、選任された特別代理人が遺産分割を行うことになります(民法第826条第1項)。

 関係する条文は以下のようになっています。
民法第826条第1項
 親権を行う父又は母とその子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。
民法第860条 
 第826条の規定は、後見人について準用する。ただし、後見監督人がある場合は、この限りでない。
民法第851条 
 後見監督人の職務は、次のとおりとする。
四 後見人又はその代表する者と被後見人との利益が相反する行為について被後見人を代表すること。

2 行方不明の場合について(Cについて)
 相続人の中に、Cのように行方不明の人がいる場合には、遺産分割ができません。
 この場合は、Cを不在者として、他の相続人であるDやEが家庭裁判所不在者財産管理人選任申立を行います。この場合、選任された不在者財産管理人はCの法定代理人として、裁判所の許可(権限外行為許可といいます。)を受けたうえで、遺産分割を行うことになります。

 関係する条文は以下のようになっています。
民法第25条第1項
 従来の住所又は居所を去った者(以下「不在者」という。)がその財産の管理人(以下この節において単に「管理人」という。)を置かなかったときは、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求により、その財産の管理について必要な処分を命ずることができる。本人の不在中に管理人の権限が消滅したときも、同様とする。
民法第28条 
 管理人は、第103条に規定する権限を超える行為を必要とするときは、家庭裁判所の許可を得て、その行為をすることができる。不在者の生死が明らかでない場合において、その管理人が不在者が定めた権限を超える行為を必要とするときも、同様とする。
民法第103条 権限の定めのない代理人は、次に掲げる行為のみをする権限を有する。
一 保存行為
二 代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において、その利用又は改良を目的とする行為

 不在者財産管理人の選任の申立手続についても、遺産分割について委任している弁護士がいる場合には、その弁護士に遺産分割にかかわる事務処理の一つとして委任することができます。


生前贈与はどこまで遺留分の算定に入れられるか

 遺留分の算定方式については、「遺留分の計算式~改正民法による計算式の明文化~」で述べたとおりです。
 そこで述べましたように、まず、遺留分算定の基礎となる財産の計算をしなければなりません。
 遺留分算定の基礎となる財産の額が大きければ遺留分額は多くなり、逆に遺留分算定の基礎となる財産の額が大きければ遺留分額は少なくなりますので、遺留分算定の基礎となる財産の額がいくらになるかは、遺留分減殺請求をする側にとっても、される側にとっても重要な問題です。

 条文を見てみましょう。
 民法第1029条第1項は、「遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加え、その中から債務の全額を控除して、これを算定する。」としています。したがって、生前贈与があった場合は、遺留分算定の基礎となる財産の額が変わってくる、つまりその分だけ増加するということになります。
 もっとも、民法第1030条は、「贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によってその価額を算入する。」としています(ただし、同じ条文に、「当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたとき」はこの1年の制限は無くなる旨も規定されています。)。この条文だけをみれば、贈与を受けた者が、相続人であろうと相続人以外であろうと、贈与が相続開始時から1年より前であれば、上記の例外的場合(当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したとき)にあたらない限り、計算には入らないように思えます。

 しかし、実際には、そのようには考えられておりません。
 ここで贈与を次の三つに分けます。
(1)相続人以外への贈与
(2)相続人への贈与で特別受益にあたるもの(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与)
(3)相続人への贈与で特別受益にあたらないもの

 このうち、(1)と(3)は、民法第1030条に書いてあることがそのまま適用されます。つまり、原則として、1年以内のものだけが算入されます。
 しかし、(2)については、遺留分に関する民法第1044条の規定が、特別受益の持戻しについての民法903条の規定(これについては時期的な制限はありません。)を準用するとしていることから、贈与がいつ行われたものであっても遺留分の計算に入る(遺留分算定の基礎となる財産に算入される)とされています。

 最高裁判所の判例があり、以下のとおりです。
 最判平成10年3月24日民集52巻2号433頁
 「民法903条1項の定める相続人に対する贈与は、右贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって、その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき、減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、民法1030条の定める要件を満たさないものであっても、遺留分減殺の対象となるものと解するのが相当である。けだし、民法903条1項の定める相続人に対する贈与は、すべて民法1044条、903条の規定により遺留分算定の基礎となる財産に含まれるところ、右贈与のうち民法1030条の定める要件を満たさないものが遺留分減殺の対象とならないとすると、遺留分を侵害された相続人が存在するにもかかわらず、減殺の対象となるべき遺贈、贈与がないために右の者が遺留分相当額を確保できないことが起こり得るが、このことは遺留分制度の趣旨を没却するものというべきであるからである。」

 つまり、相続人に対して特別受益にあたる贈与がされた場合は、その時期が何時であろうとも、遺留分算定の基礎になる財産に算入されて、その分、遺留分権利者の遺留分額が多くなることになります。

 それでは、贈与をした被相続人が、この特別受益にあたる贈与について、遺産に持ち戻して計算しなくてもよいといういわゆる「持戻し免除の意思表示」をしていた場合はどうでしょうか。この場合も、特別受益にあたる贈与は無制限に遺留分算定の基礎になる財産に算入されて、その分、遺留分権利者の遺留分額が多くなるのでしょうか。

 この点については、持戻し免除の意思表示があっても算入されるとされています。
 同様に、最高裁判所の判例があり、以下のとおりです。
 最決平成24年1月26日裁判集民事239号635頁・家月64巻7号100頁
 「遺留分権利者の遺留分の額は、被相続人が相続開始の時に有していた財産の価額にその贈与した財産の価額を加え、その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し、それに遺留分割合を乗ずるなどして算定すべきところ(民法1028条ないし1030条、1044条)、上記の遺留分制度の趣旨等に鑑みれば、被相続人が、特別受益に当たる贈与につき、当該贈与に係る財産の価額を相続財産に算入することを要しない旨の意思表示(以下「持戻し免除の意思表示」という。)をしていた場合であっても、上記価額は遺留分算定の基礎となる財産額に算入されるものと解される。」

 この判例は、遺留分制度は、相続人が相続財産の一定割合を確保することを保障するための制度であるから、被相続人がいかようにでも遺留分を減らすことができないようにその財産処分の自由を制限する制度と捉えています。したがって、持ち戻しの意思表示によってそのような事態が起こらないようにするということです。

 このように相続人への特別受益にあたる贈与については、何時までも遺留分の問題がついて来る結果となっていました。

 しかし、平成30年7月6日成立の改正民法によって、この点の規律が改められることになりました。
 相続人に対する贈与(上記(2)(3))については、規律は、以下の図のように変わりました。なお、相続人以外の者に対する贈与(上記(1))は変わっておりません。また、下の表でいう「特別受益」とは、婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与 を指しています。

 色のついているところが、持戻しが要求される部分です。
 変更点は、以下の点です。
(1)相続人に対する贈与を1年以内のものも含めて特別受益としての贈与(第903条1項のもの)に限定した
(2)相続人に対する特別受益としての贈与は10年以内のものに限定した
 相続人については、その人的な関係の強さと紛争の複雑化を避けるために、相続人に対する贈与を1年以内のものも含めて特別受益としての贈与(第903条1項のもの)に限定し、他方で、例えば、自分には全く知り得ない20年前の相続人に対する贈与が遺留分の計算に算入され、第三者の地位が不安定になることを防ぐため算入される特別受益としての贈与は10年以内のものに限定されたものです。。

 条文は以下のとおりです。
民法第1044条
  贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。
2 第904条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
3 相続人に対する贈与についての第1項の規定の適用については、同項中「一年」とあるのは「十年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。

 なお、この10年の制限は、遺留分査定の基礎となる財産の価額の計算に適用されますが、遺留分侵害額の計算にあたって控除する「特別受益」を10年以内のものに制限するものではありません。

 また、上の民法第1044条の条文にもあるように、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年、10年という期間制限は適用されないことになるので、上記説明・表はあてはまりません。

 改正民法の規定は、2019年7月1日から施行され、施行日以後に開始した相続に適用がされます。


遺留分の計算式~改正民法による計算式の明文化~

 遺留分の計算を具体的にどのようにするかについては、「遺留分の算定」で判例を紹介して述べたとおりです。
 計算式は、以下のようなものでした。
【計算式】
①遺留分算定の基礎となる財産額
 =相続開始時の財産額+贈与した財産額-相続債務の額
②遺留分率
 =遺留分割合×法定相続分割合
③遺留分侵害額
 =遺留分算定の基礎となる財産額(①)×遺留分率(②)
  -特別受益の額(④)
  -相続により得た財産の額(⑤)
 +相続債務負担額(⑥)

 民法の条文としては、以下のものがあります。
第1029条第1項
 遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。

 この条文で示されているのは、上記の【計算式】の①の部分です。

第1028条 
 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の 一
二 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一

 この条文では、上記の【計算式】の②のうち「遺留分割合」が示されています。
 
 しかし、これら以外の部分は条文で示されておらず、判例が埋めていたという状況でした。

 平成30年7月6日に成立した改正民法は、民法が明示的に規定していなかった計算式を判例を参考にして明文化しました。
 条文は、以下のようになっています。

第1043条第1項
 遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。
 
 これは、上記の【計算式】の①の部分にあたります。

第1042条
 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第1項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一
2 相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第900条及び第901条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。

 この条文が、上記【計算式】の②の部分にあたります。

第1046条第2項
 遺留分侵害額は、第1042条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第903条第1項に規定する贈与の価額
二 第900条から第902条まで、第903条及び第904条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第899条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第3項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額

 そして、これが上記【計算式】の③の部分にあたり、【計算式】の④から⑥は一号から三号に対応しています。

 計算式は、以下のようになります。
【計算式】
①遺留分算定の基礎となる財産の価額
 =相続開始時の財産の価額+贈与した財産の価額-債務の全額
②遺留分率
 =遺留分割合×法定相続分割合
③遺留分侵害額
 =遺留分算定の基礎となる財産の価額(①)×遺留分率(②)
  -特別受益(遺贈又は特別受益にあたる贈与)の価額(④)
  -具体的相続分に応じて取得すべき遺産の価額(⑤)
 +遺留分権利者承継債務の額(⑥)

 具体例で見てみたいと思います。

 上の図のように、被相続人をAとします。
 妻に先立たれており、相続人は、長男甲、長女乙、二女丙です。
 4000万円の遺産があるものの、3000万円の債務があります。
 生前に家業を継いだ長男に生計の資本として1億円の贈与をしており、長女甲と二女丙にもそれぞれ500万円ずつの生前贈与をしています。
 何も遺言がなかった場合、どのようになるでしょうか。

 遺産分割をすることになりますが、法定相続分と特別受益の持ち戻しの規定に従って、具体的相続分に応じて各自が取得すべき遺産の価額(⑤)を計算すると、以下のようになります。
 遺産4000万円+特別受益(甲1億円+乙500万円+丙500万円)
 =1億5000万円
甲 1億5000万円×1/3(法定相続分)-1億円(特別受益)=-5000万円
乙 1億5000万円×1/3(法定相続分)-500万円(特別受益)=4500万円
丙 1億5000万円×1/3(法定相続分)-500万円(特別受益)=4500万円 

 残っている遺産は4000万円ですから、これを乙と丙で半分ずつ(乙4500万円:丙4500万円=1/2:1/2)分けることになり、上記の【計算式】の⑤は、乙2000万円、丙2000万円となります。

 上記【計算式】の①は、
遺産4000万円+特別受益(甲1億円+乙500万円+丙500万円)-債務3000万円=1億2000万円
 上記【計算式】の②は、乙、丙ともに、
 遺留分割合1/2×法定相続分割合1/3=1/6です。
 また、上記【計算式】の⑥の相続債務負担額は、法定相続分1/3に応じ、乙、丙ともに、3000万円×1/3=1000万円となります。

 したがって、乙、丙の遺留分侵害額は、いすれも、
 1億2000万円(①)×1/6(②)-500万円(④)-2000万円(⑤)+1000万円(⑥)=500万円となります。

 よって、乙、丙ともに、上記④の2000万円のほかに遺留分侵害額として500万円を得ることができますが、債務を1000万円引き継ぐ、つまり差し引きで1500万円ずつを取得するということになります。


「相続させる」趣旨の遺言と民法(相続法)の改正(2)


 「相続させる」趣旨の遺言について、平成30年7月6日に成立した改正民法が、従前の判例を変更をしていわゆる対抗要件主義を採用したのは、「相続させる」趣旨の遺言と民法(相続法)の改正(1)で述べたとおりです。

 これを受けて、今回の改正民法で、遺言執行者がいる場合、遺言執行者の権限についても従前の判例を変更する改正がありました。

 過去の最高裁判所の判例では、「相続させる」趣旨の遺言に関して、その対象の不動産が被相続人名義である限りは、遺言執行者は登記手続をすべき権利も義務も有しないとしていました。
 平成11年12月16日の最高裁判所の判決(民集53巻9号1989頁)は、以下のように判示しています。
 「特定の不動産を特定の相続人甲に相続させる趣旨の遺言(相続させる遺言)は、特段の事情がない限り、当該不動産を甲をして単独で相続させる遺産分割方法の指定の性質を有するものであり、これにより何らの行為を要することなく被相続人の死亡の時に直ちに当該不動産が甲に相続により承継されるものと解される(最高裁平成元年(オ)第174号同3年4月19日第二小法廷判決・民集45巻4号477頁参照)。・・・(中略)・・・もっとも、登記実務上、相続させる遺言については不動産登記法27条により甲が単独で登記申請をすることができるとされているから、当該不動産が被相続人名義である限りは、遺言執行者の職務は顕在化せず、遺言執行者は登記手続をすべき権利も義務も有しない(最高裁平成3年(オ)第1057号同7年1月24日第三小法廷判決・裁判集民事174号67頁参照)。」
 平成3年の最高裁判決以降、不動産の登記実務は上記のような考えに沿った運用をしていたということです。

 しかし、今回の改正では、このような判例を変更し、「相続させる」趣旨の遺言について、以下のような規定を設けました。

第1014条第2項 
 遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第899条の2第1項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。

 このように「相続させる」という表現のある遺言においても、遺言執行者が対抗要件を備えるための行為(例えば、不動産の登記手続をすることなど)を行うことができるようになりました。このような規定ができたことにより、遺言執行者がいる場合は円滑に手続が進むことが期待できます。
 もっとも、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従います(改正民法第1014条第4項)。

 そして、預貯金については、平成28年12月19日の最高裁決定(判例変更)により遺産分割の対象に含まれることになり、相続人単独では預貯金の払戻しができなくなりましたが(ただし、改正民法では、預貯金の一定割合について仮払いを認める制度を設けました。)、預貯金についても改正民法は、以下のように遺言執行者の権限を認める規定を設けました。

第1014条第3項
 前項の財産が預貯金債権である場合には、遺言執行者は、同項に規定する行為のほか、その預金又は貯金の払戻しの請求及びその預金又は貯金に係る契約の解約の申入れをすることができる。ただし、解約の申入れについては、その預貯金債権の全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限る。
 
 預貯金債権については、それを遺産分割の対象とする最高裁判所の判例変更と遺言者の通常の意思を踏まえ、対抗要件についての権限にとどまらず、払戻しや解約の申入れなどの一定の処分権限も遺言執行者の権限としたものです。これについても遺言執行者がいる場合には円滑に手続が進むことが期待できます。
 もっとも、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従うことは対抗要件の場合と同じです(改正民法第1014条第4項)。

 また、改正民法は、遺言執行者の権限の明確化等のため、上記のほか、以下の内容の規定も設けました。
 遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない(第1007条第2項)。
 遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる(第1012条第2項)。
 遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずる(第1015条)。

 遺言が適正かつ円滑に執行されるために、遺言執行者の選任とその任務の遂行がますます重要になっています。


「相続させる」趣旨の遺言と民法(相続法)の改正(1)

 「遺言者の長男Aに甲土地及び乙建物を相続させる。遺言者の二男Bに丙土地を相続させる。」など、「相続させる」という表現の遺言がよくみられます。
 これは、いわゆる「相続させる」趣旨の遺言と言われ、平成30年7月6日に成立した改正民法では、「特定財産承継遺言」(遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の1人又は数人に承継させる旨の遺言、第1014条第1項)と呼ばれています。

 このような「相続させる」との表現のある遺言の法律的効果については、平成3年4月19日の最高裁判決(民集45巻4号477頁)があり、そのポイントは、以下のとおりです。
1 遺産分割方法の指定である
 この最高裁判決は、以下のように述べています。
 「遺言書において特定の遺産を特定の相続人に『相続させる』趣旨の遺言者の意思が表明されている場合、当該相続人も当該遺産を他の共同相続人と共にではあるが当然相続する地位にあることにかんがみれば、遺言者の意思は、右の各般の事情を配慮して、当該遺産を当該相続人をして、他の共同相続人と共にではなくして、単独で相続させようとする趣旨のものと解するのが当然の合理的な意思解釈というべきであり、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺贈と解すべきではない。そして、右の『相続させる』趣旨の遺言、すなわち、特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させようとする遺言は、前記の各般の事情を配慮しての被相続人の意思として当然あり得る合理的な遺産の分割の方法を定めるものであって、民法908条において被相続人が遺言で遺産の分割の方法を定めることができるとしているのも、遺産の分割の方法として、このような特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させることをも遺言で定めることを可能にするために外ならない。したがって、右の『相続させる』趣旨の遺言は、正に同条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であ」る。
2 遺産分割協議や家庭裁判所の審判を経ずに被相続人の死亡時に権利が承継される
 この最高裁判決はまた、以下のように述べています。
 「他の共同相続人も右の遺言に拘束され、これと異なる遺産分割の協議、さらには審判もなし得ないのであるから、このような遺言にあっては、遺言者の意思に合致するものとして、遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生ぜしめるものであり、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。」

 このような「相続させる」との表現がなされている遺言の法的効果を前提として、平成14年6月10日の最高裁判決(裁判集民事206号445頁) は、次のように判示しました。
 「相続させる」趣旨の遺言によって相続人が取得した不動産の権利移転は登記なくして第三者に対抗することができる
 この最高裁判決は、以下のように述べています。
 「特定の遺産を特定の相続人に『相続させる』趣旨の遺言は、特段の事情のない限り、何らの行為を要せずに、被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継される(最高裁平成元年(オ)第174号同3年4月19日第二小法廷判決・民集45巻4号477頁参照)。このように、『相続させる』趣旨の遺言による権利の移転は、法定相続分又は指定相続分の相続の場合と本質において異なるところはない。そして、法定相続分又は指定相続分の相続による不動産の権利の取得については、登記なくしてその権利を第三者に対抗することができる(最高裁昭和35年(オ)第1197号同38年2月22日第二小法廷判決・民集17巻1号235頁、最高裁平成元年(オ)第714号同5年7月19日第二小法廷判決・裁判集民事169号243頁参照)。したがって、本件において、被上告人は、本件遺言によって取得した不動産又は共有持分権を、登記なくして上告人らに対抗することができる。」

 しかし、このような最高裁判決の結論を貫くと、以下のような問題がありました。
(1)相続人Aが「相続させる」という表現のある遺言により法定相続分を超える不動産の権利を取得したが、第三者がそれを取得したり、相続債権者が差し押さえた場合
⇒相続人Aが常に優先
(2)相続人でないBが遺贈により不動産の権利を取得したが、第三者がそれを取得したり、相続債権者が差し押さえた場合
⇒登記(対抗要件)の先後で決する
(3)相続人Cが遺産分割により法定相続分を超える不動産の権利を取得したが、第三者がそれを取得したり、相続債権者が差し押さえた場合
⇒登記(対抗要件)の先後で決する
 このような結論となり、(1)の結論は、遺言の有無や内容を知り得ない第三者や相続債権者の利益を害し、登記制度や強制執行制度の信頼を害するおそれがあるという問題がありました。

 そこで、改正民法は、上記の判例法理を変更し、「相続させる」趣旨の遺言(特定財産承継遺言)についても、法定相続分を超える部分については、登記等の対抗要件を備えなければ、第三者・債務者に対抗できないものとしました。

 改正民法の条文は以下のとおりです。
第899条の2
第1項 相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。
第2項 前項の権利が債権である場合において、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超えて当該債権を承継した共同相続人が当該債権に係る遺言の内容(遺産の分割により当該債権を承継した場合にあっては、当該債権に係る遺産の分割の内容)を明らかにして債務者にその承継の通知をしたときは、共同相続人の全員が債務者に通知をしたものとみなして、同項の規定を適用する。

 これにより、「相続させる」との表現のある遺言の場合は、対抗要件を備えることが重要になってきます。また、対抗要件については改正民法で明確化された遺言執行者の権限が問題となってきます。

 上記の規定は、2019年7月1日から施行され、施行日以後に開始した相続が原則として対象となります。