今回は、前回、前々回に引き続き、「遺言」があった場合について述べたいと思います。
被相続人が、遺産の全部を特定の相続人に対して相続させる内容の遺言を残して死亡したものの、他の相続人がその遺言に納得をせず、遺留分減殺請求を行うような場合があります。
例えば、被相続人であるAさんがその遺産全部を法定相続人の1人であるCさんに相続させる内容の遺言を残して死亡し、Cさんがこの遺言に基いて遺産を相続したが、他の相続人であるBさんが遺留分減殺請求権を行使したというような事例です。被相続人であるAさんに少なくない債務があった場合、その相続債務は誰が引き継ぐのかが問題となります。
仮に、Aさんの相続人がBさんとCさんの2人で法定相続分が各2分の1ずつ、Aさんの遺産が1億円、相続債務が8000万円であったとします。
この8000万円の債務をBさん、Cさんがそれぞれどのように負うのかという問題です。Bさんが法定相続分である2分の1の相当する4000万円の債務を負うとすると、仮に遺留分侵害額がそれよりも少ない場合には、負担する相続債務の方が多くなってしまうとも考えられることから問題となります。
このような事例に事例において、遺留分侵害額をどのように計算するかについて争われた事件についての最高裁判所の判例があります(最高裁平成21年3月24日判決・最高裁判所民事判例集63巻3号427頁、判例時報2041号45頁、判例タイムズ1295号175頁)。
争点は、遺留分の侵害額の算定に当たり、被相続人が負っていた債務の法定相続分に相当する額を遺留分権利者が負担すべき相続債務の額として遺留分の額に加算すべきかどうかという点でした。
上記の例でいうと、①遺産1億円から相続債務8000万円を差し引いた2000万円の4分の1(遺留分割合)の500万円に、相続債務の2分の1(法定相続分)の4000万円を加算した4500万円を遺留分侵害額とするか、それとも、②遺産1億円から相続債務8000万円を差し引いた2000万円の4分の1(遺留分割合)の500万円のみを遺留分侵害額とするかの違いです。
上記最高裁判所の判決は以下のように判示しました(「 」の部分が引用部分です。)。
「本件のように、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより、相続人間においては、当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。」
まず、相続人間では、原則として、承継した遺産の割合に応じて相続債務も承継するということのようです。
「もっとも、上記遺言による相続債務についての相続分の指定は、相続債務の債権者(以下「相続債権者」という。)の関与なくされたものであるから、相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり、各相続人は、相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには、これに応じなければならず、指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできないが、相続債権者の方から相続債務についての相続分の指定の効力を承認し、各相続人に対し、指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないというべきである。」
しかし、そのような承継した遺産の割合に応じて相続債務も承継するということは、相続債権者の関与しないところで行われたことであるから、相続債権者との関係では、相続債権者が認めない限り、法定相続分に応じて責任を負わなければならないとしています。
「そして、遺留分の侵害額は、確定された遺留分算定の基礎となる財産額に民法1028条所定の遺留分の割合を乗じるなどして算定された遺留分の額から、遺留分権利者が相続によって得た財産の額を控除し、同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定すべきものであり(最高裁平成5年(オ)第947号同8年11月26日第三小法廷判決・民集50巻10号2747頁参照)、その算定は、相続人間において、遺留分権利者の手元に最終的に取り戻すべき遺産の数額を算出するものというべきである。したがって、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされ、当該相続人が相続債務もすべて承継したと解される場合、遺留分の侵害額の算定においては、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当である。」
遺留分侵害額の計算については、相続人間では、原則として、承継した遺産の割合に応じて相続債務も承継することから、法定相続分に応じた相続債務を遺留分の額に加算することは許されないとしています。
では、遺留分権利者が、相続債権者から法定相続分にしたがった相続債務の履行を求められて履行した場合はどうすればよいのかというと、次のように判示しています。
「遺留分権利者が相続債権者から相続債務について法定相続分に応じた履行を求められ、これに応じた場合も、履行した相続債務の額を遺留分の額に加算することはできず、相続債務をすべて承継した相続人に対して求償し得るにとどまるものというべきである。」
したがって、上記の例でいうと、相続債権者からBさんが4000万円を請求され、支払った場合、Bさんは遺留分減殺請求によって得た500万円を超える3500万円については、自己の負担でまず相続債権者に支払い、その後、Cさんに3500万円を求償することが原則となります。
Cさんが相続した遺産を散逸していなければ良いのですが、そのような心配がある場合には、しかるべき保全措置を法的に講じておく必要があると思います。