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特別受益と持戻財産評価の基準時

 特別受益がある場合、民法第903条1項は、
・被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に生前贈与の価額を加えたものを相続財産とみなすこと
・民法第900条から第902条の規定により算定した相続分の中から特別受益者への遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもって特別受益者の相続分とすること
を定めています。

 贈与の価額についてはそれを何時の時点で評価するかが問題となります。

 考え方としては、(1)遺産の分割時とするもの、(2)相続開始時とするものとがありますが、実務の大勢は(2)の相続開始時説を採用しているとみられます。
 相続開始時説を採用した広島高決平成5年6月8日家月46巻6号43頁・判タ828号258頁は、各相続人の具体的相続分は遺産・特別受益・寄与分を相続開始時を基準時点として評価してするのが相当であるとする理由として、以下の点をあげています。
①民法903条、904条、904条の2の各条文の法典における位置及び文言
②遺産分割前の相続分又は遺産を構成する個々の財産の持分の譲渡の場合を考えると、具体的相続分は相続開始時に確定していると解するのが相当であること
③遺留分算定にあたっての特別受益の評価が相続開始時を基準時点としてすべきものとされていること(最判昭和51年3月18日民集30巻2号111頁)との整合性

 上記理由①の条文の文言とは「相続開始の時において」という文言を指しています。

 また、上記以外に相続開始時説の理由としては、遺産の分割時を基準とすると、各共同相続人の具体的相続分が相続開始後遺産分割までの間に物価の変動に従って不断に変化して不安定であるということが指摘されています。

 受贈者の行為によって、贈与された財産が滅失したり、その価額の増減があった場合

 この場合は、民法第904条が規定を設けており、相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなして贈与の価額を定めるとしています。
 つまり、贈与の目的物(贈与された財産)が、相続開始の時において、受贈者の行為が加えられる以前の贈与当時の原状のまま存在するものとして、それを相続開始時点の時価で評価するということになります。

 ここでいう滅失とは、事実行為による物理的滅失(消失、破壊など)のほか、法律的行為による経済的滅失(売買など)を含み、価額の増減とは、使用、修繕、改良、損傷などによって価値に増減を生じることを指し、物価の変動を意味するのではないと解されています。

 受贈者の行為によることが要件ですから、反対解釈として、不可抗力や第三者による滅失等の場合には、相続開始時の状態で評価されることになります。例えば、贈与された財産が天災その他の不可抗力で滅失した場合は、その価額を受贈者の相続分から差し引くのは酷であるから、贈与された財産の価額は加算されず、受贈者は何ももらわなかったとして相続分の計算がなされることになります。

 個別の財産の評価について

 不動産の贈与については、相続開始時に贈与対象不動産が残存している場合は、相続開始時の価額というものがあるので、贈与時の価額を相続開始時の価額に評価替えするのではなく、原則として相続開始時の価額によるべきことになると考えられます。しかし、建物の場合、その価額が経年による減価のため贈与時の価額を下回った場合は、受贈者は少なくとも贈与時の価額の利益を得ているのであるから贈与時の価額を相続開始時の価額に評価替えすべきとの考え方もあるようです。

 動産の贈与についても、不動産と同様のことが言えます。

 株式等の有価証券の贈与については、その価額の増減は経済情勢の変動によるものであるから、相続開始時における時価により評価がなされることになります。

 金銭の贈与については、遺留分の算定に関するものではありますが、上記最判昭和51年3月18日民集30巻2号111頁は、贈与時の金額を相続開始時の貨幣価値に換算した価額をもって評価すべきとしています。もっとも、この最判の当時と比べて、物価上昇率や貨幣価値の変動がかなり小さくなっている現在においては、実際の事件の解決に際して、わざわざこのような貨幣価値換算を行わない旨を当事者間で合意した上で計算をしていることが多いのではないかと思います。


相続人の配偶者や子に対する贈与は特別受益として持戻しの対象となるか

 民法第903条第1項は、特別受益者の相続分について、「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、・・・」と規定しており、特別受益者となるのは「共同相続人」と規定しています。
 ただ、実際には、被相続人から法定相続人の配偶者、子などに贈与がなされる場合も少なくないと思われます。
 このような場合、法定相続人の配偶者、子などを介して間接的に法定相続人に利益が認められる場合(間接受益者の場合)にも持戻しの対象となるかが問題となります。

 裁判例としては、以下のものがあります。

(1)相続人の配偶者に対する贈与の場合
福島家裁白河支審昭和55年5月24日家月33巻4号75頁
 本件贈与は、相続人に対してではなく、その夫に対してなされているのであるから、形式的に見る限り特別受益にはあたらないことになるとしつつ、「しかし、通常配偶者の一方に贈与がなされれば、他の配偶者もこれにより多かれ少なかれ利益を受けるのであり、場合によつては、直接の贈与を受けたのと異ならないこともありうる。遺産分割にあたつては、当事者の実質的な公平を図ることが重要であることは言うまでもないところ右のような場合、形式的に贈与の当事者でないという理由で、相続人のうちある者が受けている利益を無視して遺産の分割を行うことは、相続人間の実質的な公平を害することになるのであつて、贈与の経緯、贈与された物の価値、性質これにより相続人の受けている利益などを考慮し、実質的には相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められる場合には、たとえ相続人の配偶者に対してなされた贈与であつてもこれを相続人の特別受益とみて、遺産の分割をすべきである。」として、本件贈与は直接相続人になされたのと実質的には異ならないと認定し、特別受益にあたると解するのが相当と判示しました。
 
(2)法定相続人の子に対する贈与の場合
神戸家裁尼崎支審昭和47年12月28日家月25巻8号65頁
 被相続人が子を残して家出したことがある相続人の子の大学在学中の学費や生活の一切を援助した事案について、被相続人は相続人の子の扶養義務者ではなかったから、これは被相続人から相続人の子に対する学費、生活費の贈与と見ることができるとしつつ、「共同相続人中のある相続人の子が被相続人から生計の資本として贈与を受けた場合において、そのことがその相続人が子に対する扶養義務を怠ったことに基因しているときは、実質的にはその相続人が被相続人から贈与を受けたのと選ぶところがないから、遺産分割に当っては民法903条を類推適用してその相続人の特別受益分とみなし、持戻義務を認めて相続分を算定するのが公平の見地からいって妥当である。」として、相続人の特別受益を認めました。

東京高決平成21年4月28日家月62巻9号75頁
 「特別受益として持戻しの対象となるのは、共同相続人に対する贈与のみであるから、その親族に対して贈与があったことにより共同相続人が間接的に利益を得たとしても、これは特別受益には該当しないものであり、これが実質的に共同相続人に対する贈与に当たると認められる場合にのみ、当該相続人に対する特別受益となるものというべきである。」としたうえで、本件では、被相続人からの相続人の子に対する養育費用の支払は、被相続人が現実に相続人の子を養育していたことにかんがみれば、実質的に相続人への生前贈与に当たると認めることはできず、特別受益として持戻しの対象とならないとしました。

 いずれの裁判例も、特別受益として持戻しの対象となるのは、条文に書かれているように共同相続人に対する贈与のみであり、その親族に対する贈与で共同相続人が間接的に利益を得たとしても特別受益には該当しないということを前提に、ただ、その贈与が実質的に共同相続人に対する贈与に当たると認められる場合は、その相続人に対する特別受益となるとしている点で共通しており、結論の違いは、事案ごとのあてはめの違いによるものと思われます。