遺産分割協議をせずに銀行から預金を払い戻してもらうことはできるか?

 相続人同士での話合いが難航したり、相続人の一部の人との連絡が取れず、遺産分割協議を速やかに成立させることが難しい場合があります。

 相続税の申告、納税期限(相続税の申告は被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に、納税はこの申告期限までに行うことになっています。相続税法第27条、第33条等)が、遺産分割協議が成立せず、納税資金を確保する見通しもつかないまま、迫ってくる場合もあります。
 このような場合、相続税の支払原資として、流動性のある遺産である預金を使うことができないかが切実な問題となってきます。祭祀や法事を執り行う相続人において、祭祀法事の費用(墓地取得や墓碑の建立費用、納骨費用、供養料、法要費用、各回忌費用など)を捻出するにあたって預金の払戻しの必要性に迫られることもあります。

では、遺産分割協議をせずに、銀行から遺産の中の預貯金の払戻しを受けることができるのでしょうか。

 金融機関の実務としては、法定相続分であれば払戻しに応じる金融機関もあるようですが、死亡した人の法定相続人が誰であるかを確認できるだけの戸籍・除籍謄本、法定相続人の印鑑証明書などの資料を添えて、法定相続人全員の署名・押印のある相続届(名称は金融機関によって異なります。)を提出して初めて払戻しに応じるという扱いがまだ多いのではないかと思います。

 もっともこのような金融機関の実務と現在の裁判実務の考え方は異なっています。

 大阪高等裁判所平成26年3月20日(金融法務事情2026号83頁、金融・商事判例1472号22頁)は、被相続人が銀行に対して有していた預金債権について、共同相続人の1人が法定相続分の割合に応じた額の払戻しを請求したものの銀行から拒絶された事案について、銀行は、法律上、本件払戻請求を拒むことができないことを十分認識しながら、後日の紛争を回避したいとの自己都合から、頑なに払戻しを拒絶したため、払戻しを請求した共同相続人に本件訴訟の提起、その追行に要する弁護士の選任と弁護士費用の負担を余儀なくさせて財産上の損害を与えたとして、預金の払戻しとともに、弁護士費用相当額、遅延損害金の支払を命じました。
 この大阪高裁判決では、問題となった預金債権については、金銭債権かつ可分債権であって遺産分割の対象外であることは、確立した判例(最高裁昭和29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁、最高裁昭和30年5月31日第三小法廷判決・民集9巻6号793頁、最高裁平成10年6月30日第三小法廷判決・民集52巻4号1225頁、最高裁平成16年4月20日第三小法廷判決・裁判集民事214号13頁参照)であるとの指摘がなされているところです。

 したがって、現在の裁判実務を前提とすれば、金融機関が任意に応じてくれれば法定相続分の払戻しを受けることは可能ですし、任意に応じてくれない場合でも訴訟をすれば、金融機関は法定相続分の払戻しに応じざるを得ないため、払戻しを受けることができることとなります。

 もっともこのような現在の裁判実務においても、郵便局の定額郵便貯金については、郵便貯金法が、一定の据置期間を定め、分割払戻しをしないとの条件で一定の金額を一時に預入するものと定め(同法7条1項3号)、預入金額も一定の金額に限定している(同条2項、郵便貯金規則83条の11)ことから、同法は同債権の分割を許容するものではなく、同債権は、その預金者が死亡したからといって、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないとの判断がなされており(最高裁判所平成22年10月8日判決・民集64巻7号1719頁)、上記で述べた預金の取扱いと異なった結果になることには注意が必要です。

 なお、最近、預貯金が遺産分割の対象に含まれるかが争われた裁判で、最高裁大法廷が平成28年10月19日に当事者双方の意見を聞く弁論を開いたとのマスコミ報道がなされました。最高裁が大法廷で弁論を開く場合は判例変更がなされる可能性が高いとみられることから、上記の長年の裁判実務が変更されることになるのでしょうか。
 そうなると、現在の金融機関の実務にも大きな影響があるでしょうし、本稿のテーマに対する回答も変わってきます。そのような前提で本稿をお読みいただければと思います。
 最高裁判所の判断の成り行きに注目したいと思います。

→最高裁判例については、「共同相続された預貯金債権は遺産分割の対象となるかについての最高裁判例」を参照(2017年2月12日加筆)


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